駅までの道を、少しだけ遠回りした。
いつもより肌寒い朝。
コーヒーの香りと、遠くで鳴く鳥の声。
そのすべてが、今日という日の始まりを、
少しだけやわらかくしてくれる気がした。

人混みのなかで、押し返すように歩く。
背筋を伸ばすでも、何かを演じるでもなく、
ただ、ちゃんとそこにいるために。

職場では、いつも通りの会話が流れる。
気を張っていたわけじゃないのに、
ふと気づけば、肩に力が入っていた。

帰りの電車。
窓の向こうににじむ夕暮れが、
今日を「おつかれさま」と包み込んでくれたようだった。

家に着いて、靴下を脱ぐ。
ふくらはぎにそっと残る、わたしだけの一日。
誰にも気づかれなかった時間が、
足もとにだけ、ちゃんと刻まれている。

――誰に見せるでもないけれど、
わたしは、ちゃんと今日を歩いた。

また明日も、きっとそんなふうに、
まっすぐで、静かな一日を、足もとから始めていく。